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東京高等裁判所 平成4年(ネ)2262号 判決

控訴人

Y株式会社

右代表者代表取締役

Y野一郎

右訴訟代理人弁護士

今井勝

被控訴人

X株式会社

右代表者代表取締役

X川春夫

右訴訟代理人弁護士

杉本秀夫

山崎宏征

水谷高司

田邊勝己

神﨑浩昭

主文

一  原判決主文一、二項を次のとおり変更する。

1  控訴人は、被控訴人に対し、原判決別紙物件目録(一)記載の建物を明渡せ(ただし、右目録が引用する原判決別紙図面を本判決別紙図面に差替える。)。

2  控訴人は、被控訴人に対し、昭和六三年九月一八日から、同目録(一)記載の建物明渡し済みまで一か月金一三万六三四二円の割合による金員を支払え。

3  被控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、控訴人が反訴状に貼付した印紙額につき控訴人の負担とし、その余は第一、二審を通じてこれを五分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決(ただし、主文第三項を除く。控訴人は当審において反訴請求を取り下げた。)を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

一  当事者の事実の主張は、当審において双方が次の二のとおり原審における主張を補充したほかは、原判決事実摘示(原判決書中の「事実及び理由」の「第二 事案の概要」)のとおりであるからこれを引用する(ただし、原判決書三枚目裏七行目の「及び(三)」並びに同三枚目裏から四枚目にかけての5の項を削る。)。

二  当事者の当審での主張

1  控訴人

(一) 被控訴人の主張する各事実について

被控訴人が、本件建物(一)において賭博行為がなされているとの債務不履行を理由に、昭和六二年一二月ころ控訴人に口頭で義務の履行を催告した事実は否認する。もっとも、控訴人代表者Y野一郎(以下単に「一郎」という。)が、昭和六二年九月ころ、被控訴人の従業員であるX山及びその部下のX沢の訪問を受けて、被控訴人としては、本件ビルに関する被控訴人と一郎が代表を務める株式会社A(以下「A」という。)との管理委託条約を解約したいこと、本件ビルの管理人室を屋上から本件建物(一)に戻したいと考えていること、本件建物(一)がゲーム喫茶店として利用されている実情にあり、賭博をしている疑いもあるので明渡して貰いたいこと、の申入れを受けた事実、以上の申入れは被控訴人代表者X川春夫(以下単に「春夫」という。)の指示に基づくものであるとの説明を受けたことは認める。しかし、その際の話合いにより、Aは昭和六三年二月一五日限り本社ビルの管理を止めることの合意は成立したが、一郎は本件建物(一)については、賭博の事実を明らかにすることができないという理由で明渡しを拒否したものである。本件建物(一)において転借人による賭博行為がなされたとしても、それが控訴人との関係で賃貸借の無催告解除の理由となることは争う。

(1) 常習賭博について

本件建物(一)において賭博行為が行われていた事実は否認する。仮に賭博がなされたとしても、当該転借人は速やかに賭博行為を中止し、本件建物(一)を退去した。昭和六三年七月下旬に、本件建物(一)においてゲーム賭博をしていた喫茶店が摘発され、控訴人会社の従業員も同年八月二日に新宿警察署の事情聴取を受けたことはあるが、その際係警察官が、被控訴人の依頼により仕方なく摘発に至ったものであると説明していたとおり、被控訴人は、もっぱら控訴人を排除する目的で警察を利用したものである。

(2) 無断増改築について

控訴人が、本件建物(一)ないし(三)に関して、無断増改築をしたとの事実は否認する。

本件建物(一)にあった管理人室を屋上に移動し、これに伴って受信設備、電気配線の変更をしたこと、本件建物(二)の壁の部分に変更工事をしたことは認めるが、いずれも当時施工された本件ビル全体の改装工事に含まれており、被控訴人の承諾のもと、費用も被控訴人が負担して完了したものである。

被控訴人の承諾があったことは、本件建物(二)付近のエレベーターホール部分に被控訴人の製品であるステンドグラスが採用されていることからも明らかである。また、本件ビルの改装工事が完成した折には、控訴人から本件建物(二)を転借した者が営業する飲食店「L」(現在はM)において披露宴を開き、そこに被控訴人の役員も出席したのであるから、改築が無断でなされたというのであれば容易に気付くはずであり、本件訴訟提起に至るまで、控訴人は被控訴人からその旨の異議を申込まれたことはないことからすると、被控訴人は、少なくとも黙示で承諾を与えたものである。

(3) 消防法違反について〈省略〉

(4) 無断転貸について

被控訴人は、控訴人に対して、本件契約に際して、本件建物(一)ないし(三)の転貸を承諾した。書類の上では、転貸を承諾した趣旨の書面のあとに無断転貸を禁ずる趣旨の本件賃貸借契約書が成立したようになっているが、本来これらは同時に成立したものであり、たまたま賃貸借契約の成立が遅れる事情があり、契約書のみ日付が後になったものに過ぎない。

仮に被控訴人が契約の当初転貸を承諾した事実がなかったとしても、被控訴人は、控訴人が自ら飲食業を営むことがないことを承知していたし、本件ビルの改装工事完成披露宴が本件建物(二)の「L」において催されたことは右に述べたとおりであり、それ以来同所の営業は続いている(現在は「M」)にも関わらず、特段の異議を申し出なかったことからすると、被控訴人は、転貸を黙示に承諾したものというべきである。

(二) 信頼関係破壊の有無に影響を及ぼす事情について

(1) 被控訴人による賭博行為の容認

一郎が昭和五五年に被控訴人会社に入社した当時、既に、本件ビルに入居したテナントの中にはいかがわしい喫茶店やデートクラブ店を開く者があり、ビルの周辺にも看板が立ち並びテナント従業員による客引きが繰り返されていた。また、本件ビル周辺の貸ビルにおいては、多かれ少なかれテナントのうちにゲーム器賭博の類を行う者があることは公然の秘密であった。

本件契約以前にも多くの店舗が賭博行為により新宿警察署に摘発されたが、これらのテナントのうち幾つかは、摘発を受けた後もゲーム賭博を続けていた。春夫はそのことを知りながら放置していただけでなく、警察の摘発がなされてもなんら法的措置をとらないという方針を採用していた。

ところが被控訴人は、昭和六二年九月に本件ビルの地下一階のE店舗の賃借人株式会社Nの転借人が賭博容疑で捜査を受けた際に、警察から、貸主も賭博幇助の責任を問われることがあり得る旨を告げられてから方針を変更し、違法テナントを排除しようとし始めた。それと同時に、通常の明渡交渉の場合にはしばしば造作買取の申し出を処理するのが困難であるのに、警察の介入を得て契約を解消させた場合には、テナントの造作を無償で手に入れられることに思い至り、以後積極的に警察を利用するようにもなった。とはいえその方針は徹底せず、平成元年一月二七日現在でも、なお数軒の店舗がゲーム器を置いている状態であった。

控訴人は、被控訴人がこのようにテナントの営業内容に対する方針を変更するについてなんら知らされていない。

被控訴人は、従来から違法な営業をする賃借人に対しては、断固たる態度で臨んで来たと主張するが、争う。被控訴人が挙げる例は、いずれも一郎が指揮をして立ち退きを実現させたものであり、被控訴人はこれらにつき全く無関心であった。

(2) 信頼の維持、回復の努力

控訴人は、O株式会社(以下単に「O」という。)に転貸するに際して、賭博行為などの違法行為を禁ずると伝え、その旨の念書を差し出させていた。その後Oが控訴人との約旨に反して第三者に賭博をさせたことは知らなかった。前記のとおり、控訴人の取締役であるY村二郎は昭和六三年八月二日に本件建物(一)に関して新宿警察署の事情聴取を受けたが、警察からは事実関係の詳しい説明はなかった。また、被控訴人に賭博事実に関する資料の提供を求めても返答がなかった。とはいえ、控訴人は、本訴が提起されたことをきっかけにしてOと交渉をし、平成二年六月四日には、平成三年三月三一日限り明渡すとの同意を取付け、約束の日限以前である平成二年九月二九日に本件建物(一)の明渡しを受けた。

他方で、被控訴人は、同じく賃貸店舗で賭博行為があったからといって、すべての場合に契約を解除しているわけではない。平成二年二月二六日にも、ゲーム機を利用して賭博を行った賃借人に対して、ゲーム器の撤去に期限を与えるなど寛大な内容の訴訟上の和解を成立させた。

(3) 本件建物(一)の占める場所等

本件建物(一)は本件契約に係る本件建物(一)ないし(三)の合計面積のうちわずか二割を占めるに過ぎない。また、本件建物(二)が西側八メートルの幅員の道路及び南側幅員四メートルの道路に面しているのに比し、本件建物(一)は南側の道路にのみ面する。

建物の構造としてもそれぞれ別個であり、個別的に契約を締結することが可能である。実際にも、それぞれの転借人は、互いに何の関係もない。

控訴人は、本件建物(一)ないし(三)について合計一億円の費用をかけて店舗の内装、造作の工事を完了させた。本件契約が解除されれば、控訴人はこの資金を回収できないままに終わり、転貸による賃料収入を失うばかりか、各テナントからは契約違反を理由に多額の損害賠償請求を受けることになる。被控訴人は、仮に解除とならなくとも、現在まで賃料の支払いが滞ったこともないし、少なくとも本件建物(二)からは将来とも高額の賃料収入を得ることができるのに、解除となれば、その実益に加えて、控訴人の出費になる内装工事を実質的に無償で取得することができ、莫大な利益を手にいれることになる。

(三) 結論

春夫は一郎の事業上の成功を妬んで昭和六二年一〇月ころから同人を遠ざけるようになり、かつ春夫とその妻夏子との不仲が決定的となる(現に離婚訴訟が係属している。)に及んで、あたかも控訴人に被控訴人との賃貸借関係を維持することが不可能な程の背信的行為があったかのように主張し、控訴人に対する悪意をもってその排除をはかり、警察の力を借りて密かに摘発を誘い、これに関する情報を控訴人に秘し、抜き打ち的に解除通知をしたものであって、その行為は契約当事者間の信義に反する。

以上の諸事情を考慮すれば、本件建物(一)において、転借人が賭博行為をした事実があったとしても、これをもって控訴人と被控訴人との間の信頼関係を破壊する事由ということはできないし、仮にそのようにいうことができたとしても、それは本件建物(一)についていえるに過ぎず、その余の本件建物(二)、同(三)について信頼関係が破壊されたとまでいうことはできない。

2  被控訴人

(一) 解除事由

被控訴人は、控訴人との間の本件建物(一)ないし(三)について、第一次的には昭和六二年一二月ころ口頭により本件建物(一)における賭博行為を止めさせるべき旨を催告したことに基づく解除(なお、昭和六二年九月ころ、被控訴人は、その従業員であるX山及びその部下のX沢を介して、一郎に対し、被控訴人としては、本件ビルに関する被控訴人とAとの管理委託契約を解約したいこと、本件ビルの管理人室を屋上から本件建物(一)に戻したいと考えており、本件建物(一)がゲーム喫茶店として利用されている実情にあり、賭博が行われている可能性もあるので明渡して貰いたいこと、かつ、以上のことは春夫の指示に基づくものであることを申入れた事実がある。なお、その際の話合いの結果、Aは昭和六三年二月一五日限り本件ビルの管理を止めることの合意は成立したが、一郎は本件建物(一)については、賭博の事実を明らかにすることができないという理由で明渡しを拒否した事実は争わない。)を、第二次的には次のとおりの信頼関係を破壊する重大な事由があることを理由とする無催告の解除を主張する。

(1) 常習賭博

本件建物(一)を控訴人から賃借していたOは、これをC田一夫に転貸した。同人は「P」の名でゲーム喫茶店を営業しゲーム賭博をしたために昭和六三年七月下旬ころ常習賭博の容疑で新宿警察署に逮捕された。控訴人は、転借人が本件建物(一)において常習賭博行為をするのを知りながら、高額の保証金、賃料を取得できるところから、あえてこれを容認した。仮に容認していなかったとしても、賃借人としての賃借物の管理義務に違反してこれを知らず、結果として違法行為を放置した。

Aは、昭和五九年一二月一日から昭和六三年二月末日までの間、被控訴人との契約により本件ビルの管理を委託されており、高額の管理費を得ていたのであるから、同一の代表者を戴く控訴人としては、本件建物(一)における常習賭博行為を知らなかったと主張することは許されない。

なお、控訴人は、被控訴人が自らの利益のために警察を利用する趣旨のことを主張するが、そのような事実はない。

(2) 無断改築行為

控訴人は、昭和六〇年一〇月二九日に被控訴人から本件建物(一)ないし(三)(契約書上合計一六五平方メートル)を借り受けるや、被控訴人の承諾がないのにこれに改造を加えた。

本件建物(一)にはもと管理人室があったが、控訴人は、被控訴人の許可がないのに、管理人室を屋上に移転させてしまい、かつ右建物を13.8坪の店舗に模様替えした。

差替えた本判決別紙図面の上の図のうち下のエレベータに向い合う階段部分の右側部分及びその下側部分(いずれも斜線が施された2の範囲のうち)はもと共用部分であったが、控訴人は共用部分の壁面を毀し、賃借部分に取り込んだ。

さらに控訴人は、次の(3)記載のとおり、本来人の出入りを予定しない屋上の二層の建築物のうち上層部分(機械室)に右の管理人室を移し、下層部分を七坪の事務所に模様替えした。

(3) 消防法違反〈省略〉

(4) 無断転貸

控訴人は、被控訴人の承諾がないのに、(2)で述べたとおり、本件建物(一)ないし(三)に無断で改造を加えた上、本件建物(一)をゲーム賭博を業とする者に、本件建物(二)を「L」(現在は「M」)に、本件建物(三)を株式会社Q総合企画に、それぞれ無断転貸した。

被控訴人が控訴人に対して、本件契約に際して転貸を承諾した事実は否認する。本件ビルの改装工事が完成した折の披露宴には被控訴人の役員も出席したが、その程度のことで無断転貸の事実に思い至るものではなく、出席した事実から被控訴人が無断転貸の事実を知ったということはできない。また、それ以後の経過から黙示の承認を与えたというべきだとする控訴人の主張も争う。

(二) 信頼関係破壊の有無に影響を及ぼす事情について

(1) 被控訴人による賭博行為の容認の有無

被控訴人が本件ビルの賃借人に対して賭博行為を容認していた事実は否認する。仮に、控訴人主張のように、かつて本件ビル内において賭博がなされた事実があったとしても、それは、当時被控訴人会社の不動産部の責任者をしていた一郎あるいは本件ビルの管理を任されていたAの責任において解決すべき問題である。被控訴人としても、違法行為に及ぶ賃借人に対しては、とるべき手段を講じてその排除に努めていた。

(2) 信頼の維持、回復の努力

控訴人が信頼回復のために努力したことは否認する。控訴人は、被控訴人が情報の提供を拒んだかに主張するけれども、被控訴人がそのような義務を負担するいわれはないし、そもそも転借人が違法行為に及べば賃借人がその責めを負うのは当然であって、転貸人である控訴人が知らないことを賃貸人である被控訴人が知っているということもない。また、被控訴人の賃借人に対する態度、紛争の解決方法がそれぞれの契約ごとに異なるのは当然であり、控訴人の主張は理由がない。

(3) 本件建物(一)の占める場所等

本件建物(一)の位置関係についての控訴人の主張は争わない。しかしその価値が相対的に低いことは争う。本件建物(一)は他の建物部分に比較してもその重要性は劣らないし、そのことが本件契約関係を複数に切り離すべき理由ともならない。本件建物(一)ないし(三)は契約上一個のものとして扱われ、賃料、保証金もその趣旨で一体として定められたものである。このことは、一郎がAの代表者として本件ビルを管理していた時代に、本件建物(一)及び(三)がいずれも本件建物(二)のトランクルームとして併せて賃貸されていたことから、控訴人においても充分に承知しているはずである。控訴人はこれらを賃借するや、ただちに改造を加えたうえで別々に転貸したのである。もしこの契約を三個の契約に分けることになれば、一郎の専断を追認することになり、その後各々の契約内容をいかに定めるかなどはなはだ困難な問題を残すことになり、混乱は避けられない。

また、契約解除により、賃借人としての控訴人に、その主張するような損害が生じたとしても、それはなんら解除事由の有無とかかわりのないことである。

(三) 結論

控訴人は、被控訴人の主張する賭博行為が極めて明白な事実であるにも関わらず、本訴に至ってもこれを否認するなど特異な対応をしている。賭博がなされた場所が本件建物(一)に限られ、その余の賃借部分において同種の行為がなされていなかったとしても、右の控訴人の対応及びその他の背信的行為と合せるならば、賃貸借契約当事者間の信頼関係全体を破壊したとするに充分というべきである。なお、春夫が悪意で一郎の排除を図っているとの主張は否認する。

第三  証拠〈省略〉

理由

一当審における当事者の主張に沿って、先ず本件建物(一)における賭博行為について判断する。

1  賭博行為の存在

〈書証番号略〉によれば、次の各事実を認めることができる。

昭和六三年七月二九日に本件建物(一)で営業していたゲーム喫茶店「P」(C田一夫経営)が警察の捜査を受け、C田一夫は常習賭博の現行犯人として逮捕された。C田は遅くとも昭和六三年二月四日ころから右店舗においてゲーム器を多数設置し、常習として賭博をしていた。このことについて控訴人の取締役であるY村(なお〈書証番号略〉によれば同人は、Aの取締役にも就任していることが認められる。)が同年八月二日にA事務所で事情聴取を受けた。当時「P」の店舗は、道路に面した部分に木製のドアを設け、そこに、内部から来客を確認するスコープを設置していた。ドアの内側には自動ドアがあり、自動ドアとさらにその内側のカーテンは常に閉じられた状態となっており、その内部にポーカーゲーム機が一〇台設置され、賭客の需要に応じていた。右店舗の様子は摘発のあった後においても、少なくとも同年一〇月一二日ころまで変らず、入口の辺りも従前どおりの厳重な警戒を感じさせるものであった。

2  控訴人の対応

〈書証番号略〉、証人井村順治の証言によれば、次の各事実を認めることができる。

(1)  被控訴人は、昭和五七年一二月四日に本件ビルの地下一階F店舗をD川三夫に賃貸したが、同人が昭和五八年二月八日に賭博の容疑で摘発された際に、これを理由に賃貸借契約を解除した。このD川との契約には、一郎が宅地建物取引主任者として関与しており、契約書上の特約条項にも、賃借人が店舗内で機械類などを使用した賭博行為をしてはならないことを手書で加えていた。

(2)  また、被控訴人は、昭和五六年一月一二日にE野に対して本件ビルのうち地下一階B店舗を賃貸していたが、同人が契約の趣旨に反して無断転貸し、しかも転借人が店舗において賭博をした。E野は、賭博をするとは知らずに飲食の店として転貸したものであると主張したが、結局昭和六〇年九月一九日被控訴人の求めにより店舗を明渡すことになった。

(3)  これらのほかにも、被控訴人が違法営業を理由に賃貸店舗の明渡しを求めた事例があり、その交渉には、控訴人代表者の一郎が率先して行動し、明渡しを受けた店舗のうち幾つかを控訴人の名で借り受けるという経緯があった。本件建物(一)ないし(三)もこうして明渡しを受けた店舗部分を控訴人が借り受けたものである。

(4)  控訴人は、昭和六一年一〇月三〇日本件建物(一)をOに転貸する際、契約書とは別に、Oが本件建物(一)において賭博行為などをしない旨を約束する念書を差し入れさせ、違法行為のないように警告した。

(5)  控訴人は、被控訴人から解除通知を受けた後、同年一〇月三日付をもってOに対して、直ちに賭博行為を止めさせるように求める旨の通知を発した。

(6)  しかし、控訴人が本件建物(一)をOに転貸したころから以降本件解除通知を受けるまでの間は、転借人が賭博をしないように、控訴人が特別に注意を払った形跡はない。

3  被控訴人の賭博の容認の有無

控訴人は、被控訴人が、本件ビルにおいて転借人が賭博行為をすることを容認していたと主張し、一郎の本人尋問の結果中には、昭和五九年に一郎がビル管理を任された頃には、既にいかがわしい営業をする者が多数入居しており、それらの多くは転借人であったので、その旨を春夫に報告すると、きれい事では済まないからかまわないとの返答であったという部分がある。

しかしこれはにわかに信用し難い。

一郎が契約違反者の排除に積極的に協力したことは前認定のとおりであるとしても、被控訴人においてもそうした者に厳しく臨んで、その明渡しを求めるなどしていたと認められることも先に判断したとおりである。

その他、〈書証番号略〉(前提となった紛争は明らかではないものの、昭和五三年八月三一日に成立した訴訟上の和解であって、和解条項の上では、それまで午前一〇時から午前五時までとされていたテナントの遊戯業の営業時間を午前六時まで延長する趣旨のものである。)、〈書証番号略〉(被控訴人が、昭和六三年四月ころ以来、テナントの用法違反などを債務不履行事由にして明渡しを求めた多くの訴訟の平成三年一〇月現在の結果を示すもの)、〈書証番号略〉(昭和六三年に被控訴人が賃借人を相手にして提起した訴訟に関して平成二年二月二六日に成立した訴訟上の和解の調書であり、店内にポーカーゲーム器を設置したテナントとの間に、ゲーム機を撤去し、再度賭博をしないことを条件にして新たに賃貸借契約を締結する内容となっている。)によれば、被控訴人は、一郎が本件ビルに関与する前及び本件ビルの管理に関与しなくなった後にも、賃借人の契約違反行為に関心を有し、かつこれに対ししかるべき処置をしていたことが認められる。

また、〈書証番号略〉によれば、被控訴人は、春夫がその発行済株式の一〇〇パーセントを所有する個人企業であり、一郎が被控訴人に入社したのも、既に外国で事業をしていた春夫の長男に代って被控訴人の将来の代表者となることが期待された故であること(もっとも、一郎の行動全般が春夫の意に副わなくなり、平成元年五月二五日には、一郎は被控訴人の役員を解かれた。)、そのため春夫は、結婚した一郎夫婦を昭和五六年七月三一日以降被控訴人所有の高級マンションに住まわせ、賃料等をとらず、実質的には無償とする処理をしたこと、一郎はそうするうち昭和五六年九月五日にAを、昭和五九年一二月一〇日には控訴人会社を、昭和六一年四月三〇日にはB株式会社を、それぞれ設立するなどして自ら事業家として活動を始めたことが認められる。

これらの事実に照してみると、被控訴人は、本件ビルの賃借人の店舗で違法な行為があったときは、その契約上の責任を追及する考えであったと認めることができ、控訴人が契約違反者の退去を積極的に求めたというのも、単に控訴人一人がそのように考えたからというだけではなく、被控訴人ないし春夫の後押しがあればこそ可能であったとみるのが相当である。被控訴人ないし春夫が、違法な営業をする転借人らの排除を一郎に強く指示しないことがあったとしても、それは、一郎を信頼していたために春夫がとった態度の現れとみる余地があり、春夫が営利を追及するあまり、あえて賭博に目をつむったと認めるのは無理である。

4  結論

控訴人は、本件ビルの場所柄や従前のいきさつからみて、本件建物の内部でテナントが賭博等の違法行為をすることがあり得ることも判っていたというべきであり、かつ本件建物(一)の前認定のような使用状況からすれば、賭博に利用されているのではないかとの疑いを持つ方がむしろ自然であるのに、被控訴人から賭博がなされているおそれがあるとの指摘を受けながら(このことは争いがない。)、なんらの対応措置もとっていないのは、賃借人として転貸店舗の管理を怠ったとされても止むを得ないところである。控訴人は、被控訴人の代表者春夫が子供である控訴人代表者一郎の成功を妬んで種々の嫌がらせをしており、本件訴訟もその一つであるというが、そのように認めるに足りる証拠はない。

二その余の解除事由

1  無断転貸に当たるかどうかについては、原判決の判断(原判決書四枚目表三行目から同五枚目裏一行目まで)をここに引用する(ただし、原判決書四枚目裏六行目の「承諾した」を「〈書証番号略〉により明示で承諾した」に改め、同五枚目表三行目の「Mの経営する」を削り、同七行目の「M」の前に「Lに引き続いて」を加える。)。

2  無断改築について

被控訴人は、控訴人が本件建物(一)ないし(三)について無断で改築工事をしたと主張する。しかし、〈書証番号略〉、被控訴人代表者尋問の結果によれば、春夫は、昭和六〇年四月ころに本件ビルの全面改装に着手した折、一郎がAの名で工事を発注したことを知り、同社が中間マージンを取得する目的で発注者となったと考え、わざわざ発注者を被控訴人会社に改めさせ、自社の役員室で改装工事を請け負った業者とも会ったこと、改装工事の際は本件ビル入口天井に被控訴人会社製のステンドグラスを用いるべきことまで指示したことが認められる。この事実からすれば、被控訴人は、遅くともその段階で改装工事の内容を把握していたと認めることができ、さらに原判決認定のとおりの転貸借後の経緯に照すと、本件建物(一)ないし(三)について、当初は被控訴人の知らない間に改造ないし模様替えが計画されたとしても、被控訴人は遅くとも昭和六〇年四月頃にはこれを承諾したものと認めるべきであり、解除の理由とすることはできない。

3  消防法違反について〈省略〉

三結論

1 催告の有無と解除の効力

以上のとおり、控訴人は、本件建物(一)においてゲーム賭博が行われているのに、賃借人(転貸人)として責任ある処理をしなかったものである。また、昭和六二年九月ころ、被控訴人は、その従業員であるX山及びその部下のX沢を介して、一郎に対し、被控訴人としては、本件ビルに関する被控訴人とAとの管理委託契約を解約したいこと、本件ビルの管理人室を屋上から本件建物(一)に戻したいと考えており、本件建物(一)がゲーム喫茶店として利用されている実情にあり、賭博が行われている可能性もあるので明渡して貰いたいこと、かつ、以上のことは春夫の指示に基づくものであることを申入れたこと、その際の話合いの結果、Aは昭和六三年二月一五日限り本件ビルの管理を止めることの合意は成立したが、一郎は本件建物(一)については、賭博の事実を明らかにすることができないという理由で明渡しを拒んだことは当事者間に争いがない。

右の被控訴人の申入れは、確定的な明渡の催告とまではいえないが、本件(一)の建物で賭博が行われている疑いがあるとの指摘は賃借人(転貸人)としては看過することができない事実の指摘であることは明らかである。しかるに、控訴人がその後も賭博が行われていることを証明する資料がないとして、なんの措置も講じなかった(証人Y村の証言)のは、賃借人(転貸人)としての信頼関係を損なうものであったといってよく、控訴人には、本件賃貸借契約について、催告なしに解除されても止むを得ない事情があったというべきである。本件の解除は催告の有無にかかわらず効力を生ずると認めるべきである。

2 解除の効力の及ぶ範囲

〈書証番号略〉によれば、被控訴人主張のとおり、本件建物(一)ないし(三)の賃貸借契約が一つの契約書に、互いに区別することなくまとめて記載され、賃料、管理費、保証金も不可分に定められたことが認められるものの、これまで認定したところによれば、本件ビルの改装時に行われた模様替えによってそれぞれが独立して転貸の対象となる建物部分となっていた(ことに本件建物(一)、(二)と本件建物(三)とは別の階にある。)と認めることができる。そうすると、ある転借人がした違法行為(契約違反)に対応して賃借人(転貸人)の義務違反(信頼関係の破壊)が問題とされ、このことにより賃貸借契約を解除することが許されるといっても、その効力の及ぶ範囲は他の転借人の利益をも考慮にいれて決する必要があると解するのが相当である。複数の転借人の一人が契約違反をしたからといって、その累が、全く関係のない別の転借人に及ぶというは相当ではないからである。

本件建物(一)ないし(三)は、転貸の結果それぞれ全く別の転借人が利用していることは明らかであり、これまで本件建物(二)、(三)の店舗について賃借人(転借人)に債務不履行の事実があったとの主張もない。

そうだとすると、本件解除は、その効力を本件建物(一)に関して認めれば足りる。本件建物(二)、(三)との関係では解除の効力が及ばないとするのが相当である。

被控訴人は、契約書上不可分に扱われた本件契約を分断することになると、事後に問題を残すと主張するが、使用関係は本件建物(一)について契約を解消すれば明瞭になるし、賃料、保証金などについても、本件建物の他の物件についてその位置関係などを考慮して定まる賃料を参照しながら合理的に定めることがそれほど困難であるとは思えない。

以上のとおりであって、本件建物すべてについて契約の解除を認め、その明渡し並びに本件建物(一)及び(三)につき明渡し済みまでの賃料相当損害金の支払いを命じた原判決は、一部不当であるから、これを変更することとする。なお、賃料相当損害金については、本判決別紙図面により、本件建物(一)ないし(三)について当事者間に争いのない全体の賃料及び管理費を面積で按分するのが相当である。本件各建物の広さが本判決別紙図面のとおりであることは控訴人において明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。その結果本件建物(一)については一か月当たり一三万六三四二円と計算される。

よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官上谷清 裁判官満田明彦 裁判官曽我大三郎)

別紙

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